こどもから見た教師の姿
子ども達は、いつの間にか休み時間に、
これまで出会ってきた教師に対する不満を語るようになりました。
苦しんできたこと、耐えてきたこと、様々です。
今回は、
見えてきた「子ども目線の教師の姿」
です。
私は、「つらかったね。」
「そうかあ。」
「それは、ひどいよね。」と。
どの話に対しても私は、同意しかしません。
否定は絶対にしません。
私には到底分からないつらい思いをしているのは、子どもです。
それを、何も知らない私が安易に否定することはできません。
もちろんその教師の批判はしません。
当初、肯定しながら聞いていいのかと自問自答したこともありました。
でも、子どもたちが、自分の話を聞いてくれる教師がいることによって
少しでもストレスが軽減されるのであれば、どんどん聞くべきだと
考えます。
子どもは間違っているわけではなく、
教師に否があると思っているのが前提にあるから聞いているのかもしれません。
これまで聞いてきた内容を簡単にまとめてみると、
<子どもからみる教師に対して不満な姿(子どもの言葉を使って)>
注:あくまで私の今の勤務校での話。そんな教師いるんだー程度に読んでください。
<授業編>
・頭の良い子だけあてる(「差別」という言葉を使う)
・分からなくても教えてくれない
・習字の市への代表作品をあらかじめ上手な子(勝手に判断して)に書かせる
(「差別」という言葉を使う)
・教師の小さい頃の話、子供の話など授業に関係ない話が多く、しかもたいして面白くないし、頻度が高い。
・教師の好きなキャラクターばかりをあちらこちらで登場させる
・授業をしない(国語の時間に自分の話をして終わる)
・授業が進まない
<生活編>
・友人関係でのヘルプを出しても何の対応もしてくれない(1,2回ではない)
・委員会の先生が、次の日の提出期限を渡してくる(毎回)
重要なことは、
「これらのことを決して表に出すことはないということ」
だと思うのです。
「先生、授業分かりません!」
「先生、その話要らないから授業してください」
「先生、今は国語の時間なので国語の授業をお願いします。」
言えるわけありません😅
子ども達は、これまでの学校生活で我慢の仕方を覚えています。
明らかに不満気な態度を出す子ももちろんいます。
高学年女子はほとんど出しません。
子ども達は、
先生に対して、不満や疑問に思っていることがあっても、
黙って先生の話や授業を聞いている。
我慢しているのです。
つづく…